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【上海=河崎真澄】中国の高校生向け国語教科書から「阿Q正伝」や「薬」など魯迅(1881?1936)の作品が続々と姿を消し、賛否両論がわき起こっている。中国教育省が管轄する人民教育出版社が2010年秋からの高校生向け新版で「阿Q正伝」などを初めてはずし、教科書に登場する魯迅の作品数を従来の7編から3編に急減させた。

産経

http://sankei.jp.msn.com/world/china/101230/chn1012301728001-n1.htm

と、まぁ詳しいことは記事を読んでいただくとしてやな、魯迅といえば支那人気質を強烈に批判した清国の人や。
民主主義革命によって、そして近代化によって支那人気質を脱却しようとした人や。
ほんで毛同志は魯迅を利用した。
いや、文学が革命に与える影響を知っていた毛同志は、心底魯迅を評価しとったんやろう。
そんな魯迅が中国の教科書から消されていってるというわやけ。
支那俗物党当局の説明によれば、いろいろ理由をつけた上で魯迅の言葉使いは中国人のプライドを傷つけているというわけや。
俺様から言わせれば、魯迅の作品を読んで傷つくのは中国人やなくて支那人やろ(苦笑
今年は俺様も支那人気質というもんを批判することが多かったが、支那俗物党は国を挙げて中国を支那化に向かわそうとしているわけや。
いや、そもそも毛同志等の革命では支那人の改造はでけへんかったんや。そしてついに支那人からの脱却を諦めたと。

そうや。お前等のやってきた上からの統制では中国人民にとって、なぁ?んにもエエ影響は無かったんや。
人類の進歩とは逆。
さっさと歴史の屑篭の中に入っとけ!


じゃぁ、魯迅の掲げる民主主義革命とやらで支那人の改造はできるんか?といえば、それも疑問でんな。
中国人に支那人気質を見せつけ、限界を示したことは正しい。
「しかしそれを乗り越えるのが民主主義革命や近代化やないやろう」と、近代化した民主主義(少なくとも中国よりは)日本に住む俺様は思うわけや。
たしかに民主主義や近代化は実生活において無いより有った方がマシかも知れんが、人間が「人間」(括弧付きね)を乗り越えることにはならん。
いや、近代化によって「人間」が、より『人間』になっただけや。
いま中国では近代化に勤しんでるようやけど、中国でも「支那人」が『支那人』になっただけやないか。
だから「支那人」を批判し、改造を求める魯迅を覆い隠せと。

ますます、『支那』批判が多くなりそうやけど、来年も俺様は『人間』を乗り越えるツールの一つである「九条経典」でもって戦いますわ。

ほな。
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