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2010.10.23 支那膨張主義?
さぁーてと、国家を縛る力。有るのか無いのかと。
ここで一旦武力行使とは離れて他の例を見てみまひょか。
また武力行使に戻りまっから焦っちゃだめよぉ。
えーと、有名どころがエエやろうから、南アのアパルトヘイトとアメリカの対応を見てみまひょ。
慣習として奴隷制度とか人種差別政策が残ってたアメリカ社会や西欧の国々では、南アのアパルトヘイトなんて問題にしてなかったんや。
当然世界的な批判はあったけど、アメリカの外交政策は銭儲けを優先させて人種差別には「内政不干渉」を正当化しとったわけよ。
しかーし、その慣習が変わっていくわけや。もちろん差別されとった人たちが声を上げて反対したことも大きかったけど、それが国際社会やアメリカ国内に波及すると、規範ができてしまうわけよ。
そうなったらアメリカ政府であっても規範に従わざるをえんようになって、政策を180度変えたというわけ。
もちろんこの規範は絶対的なパワーやない。
しかしリアリストや無政府と思ってた世界には実は国家を従わせることができるパワーがあり、リベラルが考えるような最初っから与えられる価値やなくて、新しく形成される価値があるということや。
これは誰が作ってるのかというとやな。。。
実は「我々」でんねん。
国家や無くて人間が変えるわけや。
しかも主観とも客観とも違う、間主観的に形成される規範や価値ですわ。
それが国家をも従わせるわけよ。
地球温暖化の日本の対応も同じですわ。
最初はハッキリ言うてアメリカの顔色を見てたけど、最近では違いますな。
つまりアメリカとの関係より、間主観的に形成された規範に従いだしたということですわ。

っで、次はこの間主観的に出来上がる価値とか規範が武力行使にどう影響するのか見てみまひょか。

ほな。
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