上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010.10.25 支那膨張主義?
えーとですな。
リアリズムとリベラリズム。この2つの主流の考え方でも説明でけへんのが冷戦の崩壊ですわ。
これを間主観的な価値形成・規範形成という文脈で読み解いてしまいまっさ。
まず、規範とか価値の違いによる武力紛争の種類ですわ。
一つは制限の無い武力紛争。
1970年台のアンゴラと南アなんかがこれに該当しまんな。
二つめは制限のある競争関係。
これは冷戦時代の米ソですわ。
ほんで紛争の無い状態が友好関係となるわけやけど、これはアメリカとカナダの関係ですな。


っで、冷戦やけども、何時か武力衝突によって解消すると思ってたわけね。
とくにリアリズムの観点からは。
しかし実際のソ連は国内事情から価値の再定義を行ったわけ。
それがブレジネフ主義を終わらすことや東ヨーロッパとの帝国主義的関係の解消。
もちろん国内的にはペレストロイカとグラスノスチ。
これによってソ連や東欧の民主化に火がついた。もちろんカッカと燃えたんも燃やしたんも人民や。
リアリズムの思考は普遍性を基礎とするけども、この人民の要求は普遍性への異議申し立てやで。
ほんでもって米ソのみならず世界の価値が変化してしまうわけよ。
俺も覚えてるけど今までのソ連の指導者ちゅーたら悪党にしか見えんかったけど、ゴルバチョフなんて気のエエおっさんにしか見えんかった。
日本ではゴルビーとか言われて若い女の子にも可愛がられてたからな。


つまり、東西冷戦が無くなって、後は交流によって少しずつ価値と規範の変化が生まれて、過去に東側といわれた国々の多くが制限のある競争関係からパートナーシップに変わってもうたんよね。
重要なんは冷戦が崩壊して旧社会主義国を征服したのでも、価値や規範が最初から与えられて変わったんでもなく、ソ連の国内事情を発端に「我々が変えていった」。つまり間主観的に変わったということや。
この新しい規範や価値に多くの国が従っていった。
これも重要やけど、リアリズムでは変化が説明でけへんわけよ。



次は国家の上に敷かれる規範や価値は何の海図も持たんと場当たり的に生まれるのか?ということを見ていこ。

ほな。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://a9leather.blog66.fc2.com/tb.php/201-2aade569
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。