上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
御用学者という言葉だけが一人歩きしとるけども、そもそもなんで御用学者と呼ばれるのか、なんでそれが侮蔑の対象なのかちょっくら書きますわ。
ま、マルクス主義者には説明するまでも無いんやけども、ノンポリの人にもわかりやすいように現在進行中の害悪と合わせて説明しま。




ここに松本義久というセンセーがおる。
まぁ、低放射線に関して「安全です」「心配ない」とハッキリ言う学者や。
こいつは何を根拠にしとるんかイマイチ分からんかったから批判せえへんかったんやけど、やっぱり因果関係が分からんから「全く心配ない」と言うてたみたいやな。
頭はエエんやろうけど、人間的にアホなんやろな。
ま、賢バカというやつですわ。

っで、そもそもICRPの基準なんやけど、低線量被曝によって広島長崎・ゴメリで血液の染色体異常は上ってたり、ウクライナ医科学研究所とかベラルーシで活動してた医師からも、健康被害のレポート出してますわな。
しかしそれをIAEAのエルパラダイが「人民を萎縮させるから原子力の平和利用がでけへんやんけ!」ってことでスパッと切り捨てたわけや。
ほんでICRPも右へ倣えでIAEAの見解から外れんように基準を作ってるわけ。
まぁ、科学的見地というより政治的に決めた基準やけども、基準は基準として尊重する。とりあえずねそうせんと収集つかんからね(低放射線を危険寄りに評価する専門家も不満はあれど基準を守っとる)。
っで、基準から外れた事象についての評価はそれぞれ有ってエエと思うが、しかし松本が言うように「分からん」=「全く心配ない」とはならんやろ。
とても学者とは思われへんマヌケなロジックやけども、松本に限らず事故以来こんなことが続いてるわけや。
基準では健康被害のリスクを言うとるけど、「専門家」は大丈夫やと言う。
どっちを信じたらええの?てな具合で、今や民衆は完全に疑心暗鬼に陥っとる。
ようするにこんな非常事態をさらに混乱させたんは、基準をなし崩しにした「専門家」なわけ。

しかーし、松本はさらに言葉を続ける。
たとえばリスクを避けるのには、移動したり日常の防護をしたりと色んなストレスが掛かるから「心配ない」と言うた方がエエと言うとる。
そういうケースもあるやろ。しかしそれを決めるんはお前やなくて、それぞれ個人が決めることや。
だいいち松本は自分の言葉に責任を取れる立場やない。そんな人間が公共の電波使って学者の肩書きで適当なことほざいたらいかん。
自信を持って「心配ない」というのはカメラの前やのうて、学会で専門家の前で披露することやで

っで、リスク管理の視点からいうと「分からんことは危険側に見ましょう」ということは常識や。
心配無いんやったら国は対策講じる必要はないけども、危険側に立って初めて除染とか移転費用の負担の話なる。
しかし事故以来、TVショーでは「専門家」による安全寄りの“個人的見解”が一定の地位を占めてしもうたわけ。
現在、過去の公害問題と同じく政府はこういう「専門家」の“個人的見解”を根拠にして「心配ない」という立場やから、国は除染すら自治体任せ、学校任せで放置しとるわけや。
その結果どうなったか。
被災地の復興はものごっつースローなもんになってしもうて、被災者をいたずらに苦しめとる。
安全寄りに解釈する学者も危険寄りに解釈する学者も“どっちもどっち”やない。
この現実を見よ!

つまり御用学者と呼ばれる人らの意図まで分からんけど、結果的に判断基準を崩壊させると同時に国家に都合のエエような解釈を提供し、そんで結果として人民の敵となってしまうから批判の対象となるわけ。
だからレッテル貼りに留まらず、“支配的な思想”の息の根を止めるために徹底的に批判せなアカンのよ。
あんだすた~ん?


ほな。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://a9leather.blog66.fc2.com/tb.php/271-dbee6f2e
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。