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前々エントリーで戦前の小学校で使われた教科書の話をしたけども、戦前の思想教育で全ての人が洗脳されてたわけやない。
まー、左翼はとかく戦前を暗く言うもんやけども、一言で戦前というても明治、大正、昭和とあり、年数にして80年弱あるわけやから、中には自由民権運動や、民衆の様々な抵抗や、大正デモクラシーとかあったわけやし、それぞれの転換期で全ての国民が挙国一致してたわけやない。
日韓合併、日清、日露戦争でもそれに反対してた人々は市民の中だけやなく、軍の中にも政府の中にもおった。
せやけども、それぞれの時代の傾向を見ると、反対者は抑圧され、権力の思うがままになっていったわけや。

そこで戦前の権力が押し付けた思想を見てみよ。
教育勅語と軍人勅諭の基になった教学大旨を読むと、こう書いてある。
「祖宗ノ訓典ニ基ヅキ、専ラ仁義忠孝ヲ明カニシ、道徳ノ学ハ孔子ヲ主トシ」
・・まぁ、孔子様もこんなところで名前使われたら大迷惑やな。
これを書いたのは明治天皇の側近中の側近で、元田永孚という儒学者(朱子学)。
っで、時を同じくして出されたのが軍人勅戒であり軍人勅論。
長らく作者不明やったけども、西周(あまね)という人が軍人勅論の主な執筆者らしい。
西の草稿では完成稿の五箇条の教え(忠節・礼儀・武勇・信義・質素)が四箇条(秩序・武徳・質直勤検・信義)となってる。
秩序っちゅうのは法による秩序のことで、近代軍隊の成立要件やから、西は入れるつもりやったし、明治政府のタテマエが近代国家建設やったんやから当然やろ。
しかし、削除された。
秩序を削り忠と礼を入れて、忠節を強調しただけやなく「其隊伍も整ひ、節制も正しくとも、忠節を存せさる軍隊は事に臨みては烏合の衆に同かるへし」と。
これは朱子学と西南戦争で復活した士族からの圧力や。
法やなくて忠節よって軍をまとめよと。
とてもやないけど近代国家としての体を成さん軍隊が明治に生まれ、同時にもう一つの思想教育の機関としての役割を負うわけや。

その前に一体 ナニ に忠節を誓うんや?
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