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軍人勅諭で忠義を尽くすべきは国体である。
国体とは、天皇を中心とした国家の統治体系。
こうスッキリ言えるのは、戦後の研究があるからであって、実は戦前はそうでもなかった。

国学者は「天下は天皇の私有物、日本に生まれた臣民はひたすら勅令に随順することをもって国体とする」と言い、逆に西欧学を学んだ加藤弘之はんなんかは、国学者の主張を「実に笑うべきもの」として「神話は神話。おまえらは未開人か」と馬鹿にする。
当然、ナニが国体なんかハッキリせえへんかったんよ。
それは戦前の有名な事件、「天皇機関説」「国体明微運動」でもそうや。
天皇は「機関の一つ」というた美濃部はんに、「それやったら他の役人と変わらんやんけ!美濃部はけしからん!」と国会が追及して、政府も「国体明微に関する声明」を二回も出して火消しに回ったけども、結局ナニが国体なんか分らんかった。
ほんで国体明微から2年後に「国体の本義」というもんを文部省が発行する。
これは「国体とはこういうもんでっせ」という冊子やから、ようやく国体の姿が明らかになるのかと思ったら、中身はこれまたよく分からん内容でしたんや。
国体の本義をザクッと説明すると、国体とは何か?に深入りせんと、「そんなもんは分かりきったことやろ」という姿勢を貫くわけよ。それで「天壌無窮の神勅」とか「肇国の大精神」とかを書き連ねて、結局それに従うことが臣民としての道やとするわけよ。

現代人の俺からすると、国体とは国家の統治体制と理解するのが分かりやすいし、それが天皇制のもとにあるのなら、天皇を頂点とした国家統治体制と理解するのが合理的。
せやけども戦前の国学者や右翼は、そういった解釈を国体に対して行うこと自体、許さんかったわけよ。
先に書いた加藤弘之はんは右翼に脅迫され、結局自説を撤回してしまい、学者生命を失うわけよ。
この加藤はんは東大建設の立役者でっせ。学者としての見解を言うたら学者生命を失うところまで追い込みかけられるとは、ホンマにエグイ時代やけども、一般ピープルはさらに輪をかけて国体が何なのかを知らされんまま、ただひたすら国体に忠義を尽くすことを求められたわけ。これは戦前を通じて一貫してる。
戦前の日本は徴兵制度やから、徴兵される兵隊さんも国体の正体が分らんまま忠義を尽くすことを求められたわけ。
だから戦後、今の憲法なって、国体が守られとるのか、守られてないのかが議論になったりもしたんよ。

でも軍隊は、ある程度統制をとらんとアカンから、意味の分らん国体に「忠義を尽くす」だけじゃ不便や。
しかし、ここには訳があるんよ。
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