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2012.06.01 机上の空論
きじょうのくうろん【机上の空論】
頭の中だけで考え出した、実際には役に立たない理論や考え。

なるほど。
橋下は自分が集めてきた参与の意見やデータを「机上の空論」と切って捨てたわけや。
逆にコロコロ変る節電目標に信を置いたというわけやけど、それでコクミンが納得できる説明ができまっかな?
それにあんた脱原発を公約に掲げて選挙を戦ったんでっせ?

ほな。

最近、更新頻度が落ちてたから気になっとったんやが(うちもや!)、いきなりの意見表明。
党から何か言われたんかな?

http://blue.ap.teacup.com/nozomi/4.html#comment

知ってる人は知ってると思うけど、伊賀はんの規約解釈はウンコ連中の規約解釈、いやいや中央委員会のド官僚的な解釈、いやいや中央委員会の従来の解釈とは違う。
けど、それをわざわざ伊賀はんが公表しなアカンということは、やっぱ圧力があったんやろね。
あ、伊賀はんは俺様みたいなヨゴレ党員(出世は目指してないけどw)でもなく、陰でぐちぐち言ってるだけの人間でもなく、党大会の討論報にもちゃんと意見を出すような党員。
まぁ、いうたら共産党が生き延びようと思ったらこいう人は必要な人材やけど、共産党の安楽死を目論んでる公安の連中からしたらウザイんやろうなぁ。

ほな。
正直、パターン化された橋下の戦略には飽きとったんやけど、橋下が国政を口にしだしたあたりから更に橋下への幻滅が進んでしもうた。
9条を棚上げし、ベーシックインカムを“検討する”などと官僚言葉でお茶を濁し、イデオロギーを出来る限り背後に押しやったのに、とうとう国家元首は天皇やと言い出しよった。

日の丸君が代の強制もそうやけど、結局 橋下も他の自称保守と何の変わりもなく、イデオロギーを上から統制していくのには天皇を利用するしかないわけね(大阪に留まってたら言わんですんだものを)。
橋下は明治維新から続くシステムを解体するとかほざいとったけど、明治維新から続く一神教的な天皇利用券をオノレがお買い求めになられてるだけじゃ~あ~りませんか。
結局、コイツはオノレがやろうとしてる事が正しいと思ってない。
競争と効率性を広めたいと思っとるけど、それでは上手くいかんことも分かってる。
それでもなお人民を従わすには神が必要となる。

これは日本だけやない。
資本は自由に各国を飛び回る時代やから国家は溶解しつつあるように見えるけど、それと反比例して国家が国家を維持しようと思えば愛国教育と統制が必要になる。
この類の統制は地球規模で強まってる。
それが天皇であるか、あるいは宗教や党であるかは関係無い。
とにかく忠誠を誓わせる印が有ればエエ。
っで、国家にはネオリベに合致した労働者を提供し、企業が商売しやすいように税制や法を整備する役目があるし、それが出来へんかった国家は企業から見捨てられる。
しかし資本にお気に召されるような国家になったとしても、庶民に幸福が訪れへのは説明するまでも無いやろ。

さて、橋下は“極端”を演じてきたばっかりにイデオロギーを隠せなくなりつつあるのは自業自得として、日本には手垢まみれの神輿しか無かったのは不運でんな。
こうなってくると組みやすく、橋下の限界も見えてくるわけやけど、だからというて現状は良うならんことも確かやし、第三・第四のハーメルンの笛吹き男が出てくるのは確かや。
小泉政権が終わった時に、もう二度とこんなアホンダラーに騙されることは無いと思ったやろ?
そこで橋下の問題意識(まぁ、今の日本に生きてたら当たり前体操やけど)を共有しつつ、橋下の目指すモンをラディカルにひっくり返す思想が必要でんなぁ。

くろまっくはんがコメント欄で紹介してた大阪論も面白いし、TAMO2はんの記事も橋下論も面白い。
っで、俺的には全部ひっくるめて自生自化を促す方法が必要なんとちゃうやろか?と思うわけですわ。
橋下的なモンを押えて一歩前に進むには。

ほな。
大阪中崎町というと北区にありながら、レトロな雰囲気の漂う街でんな。
レトロやいうても元々都会やからチョット上品なんやけど、まぁ他の町と同じくさびれた雰囲気も漂ってましたわな。。。たしかに。

そんな中崎町に一人の男がフラリと立ち寄ったそうな。
全くのよそ者パフォーマーですわ。
その男が一軒の古民家をリサイクルして「Salon de AManTo天人」というバー?を作りよった。
地元住民は最初のうち好奇な目を向けてたんやけど、その男の方からグイグイ地元に入ってきよる。
ほんで町の祭りやら催し物に積極的に参加、、、つーかリードしていく。
今では新しい人が沢山入ってきて地元住民と町の行事を再生させたり、新しいイベントに取り組んだりしてる。
町おこしは「よそ者・若者・ばか者」というけど、それはホンマやと思いますわ。
しかしそれだけでは足りまへん。
やっぱりその土地や住民が刻んだ歴史に対して、よそ者からのリスペクトが無いとうまいこといきまへんわ。
象徴的な話にこういうモンがある。


「天人 オールナイトイベント」

天人には10月19日のまま、

めくられない日めくりカレンダーがかけてある。

それは天人の前の住人である、おじいさんがこの地を去った日

そのおじいさんは外国航路の船乗りで

天人が生まれる10年まえの1991年10月19日に

健康上の理由で親戚にひきとられていった

仲間が買ってくれた当時高級品だった「ジョニ黒」

おじいさんはもったいなくて封をきれず、大事にしていた。

この地を去るとき、

おじいさんは大家さんにある条件をつけて

その大事にしていた「ジョニ黒」をゆずった。

その条件は「俺が亡くなったら、飲んでくれ」だった。

大家さんはその約束を守り、

亡くなった知らせを聞いてから

毎年その「ジョニ黒」を少しづつ飲み、おじいさんを偲んだ。

そして月日が立ち、天人をオープンすべく手作り改装が行われたが、

大工仕事が好きなおじいさんの痕跡がいろいろ残っており、

客席の鏡のスペースはおじいさんを偲び

そのままに残された。

そんな話をきいた大家さんは

「今後は君たちが引き継ぎなさい」と

その「ジョニ黒」を店長JUNに託した。

それから、10月19日は年に一度、

静かにおじいさんを偲ぶオールナイトの日となった。

みんなで「ジョニ黒」をチビチビと分かち合い、

おじいさんを偲び、場や、人の縁に思いをめぐらす日

そんな「ジョニ黒」ももう底をつきかけ、

今回は箸でつけてなめるのでせいいっぱい。

いよいよ継ぎ足すことに。

今後もこのお酒は弘法大師の燃え続ける火のように、

おじいさんと天人の思いをつないでいく。


(イベントニュースより http://d.hatena.ne.jp/event-amanto/20111019



話は変わって同じ大阪でも我が西成。
本日またも橋下がほざいたようや。
なんでも西成の区長を橋下が代行するとか。
愛隣地区に他地域から入居する子供がおる世帯に住民税を免除するとか。
そりゃかまわんが、見過ごされへんのは露天商や簡易宿泊施設の指導強化、監視カメラの強化を口にしとることや。
猥雑なもんは大阪が引き受けるんとちゃうかったんけ?
監視カメラって住民を監視するためのカメラでっせ?
西成の歴史を知ってる者からすれば、これがどういう類のもんかバレバレやな。
橋下は企業誘致のやり方を適応したとかぬかしとるけど、元の住民はどないしまんねん?
監視対象でっか?
新しい住民と元の住民の関係はどないなりまんねん?

権力が外部から新住民を移住させ、元住民を監視して淘汰していく。
こういうやり方はチベットでもやってまんな。
ま、くろまっくはんの言葉を借りると「スターリンやトロツキーの亡霊」のなせる業ですわ。

ほな。
あるみはんへの返信が長くなったんで記事にした。
こんな長いコメントは迷惑でっからな(汗


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あ、いや、記事の内容には概ね同意しているのです(汗

ただ議会制民主主義の動かしかたって、党派で活動中の折はw議会の中で陣地を取るような戦い方をイメージしていたのですが、最近ますます「それはちょっと違うのかなぁ」なんて思っています。
たとえば沖縄知事選挙。
主要候補は世論に押されてどちらも基地反対を訴えました。
本音は別として、現実問題として政府の企てはストップしているわけです。
古くは「無駄な公共事業」でしょうか。
最初は共産党しか言ってませんでしたが、10年後には右から左まで無駄な公共事業はダメだということになった。
たぶんこれは一つの民主主義の形で、議会の中ではなく議会と庶民の間に戦いがあって、この場合議席の配分はさほど意味を持ちません。

一方で議席の分配がマンマ問題になるケースは今回の大阪府市選挙や小泉郵政選挙ですね。
しかし大阪では改革を声高に言う橋下が府の財政再建に失敗し、小泉の景気回復策ではデフレを脱却できませんでした。
結果、庶民感覚ではなんら変らなかったのです(悪くなったという意見はありますが)。
っで、改悪を阻止する戦いは必要ですが、議会を主戦場にすると、どうしても「阻止!」になりがちで、これは庶民の目に守旧派という印象を与えてしまいます。
これは相手にとって組みやすい。
簡単に潰せる。
今回の橋下との戦いがそうでした。
ただし、議会の中の争いを有効に進める手立てが無いわけではありません。
それは最低でも議会の三分の一を押えるか、それとも今回の橋下に学んでワンイシュー政党を立ち上げることです。
今の議会での左翼勢力の力量を考えると、後者しかないようですが、、

議会の話は置いといて橋下や小泉を支えた赤木氏的なモノ、赤木氏が演じる(私にはそう思えます)ルサンチマンにマジに毒される人々の問題ですが、「10年も待てない!」というわけですね。
確かにそうでしょう。
一生懸命働いても金も技術も蓄積されず、同じ会社で働く“戦友”と酒を飲み交わす機会も少なく、将来の夢の設計もままならないのなら監獄に居るのとそうたいして変りはありません。
待てないのは当たり前です。
しかし彼らの望む社会は、橋下が設定する“手の届きそうな既得権益”を叩いて「みんなで貧乏になる」ことでは実現できず、やはり「みんなで一段上がる」ことによって実現となるのですから、小泉や橋下、ましてや戦争に希望を持つことは頓珍漢なわけです(あるみさんに言うのは釈迦に説法ですが)。

っで、「10年も待てない」人たちと、どういう戦いを構築しなければならないか。
一足飛びに社会主義的な運動をすることが「10年も待てない」人たちの利益となるのか。
それ以上に既存の左翼党派が先導した運動に民衆がノコノコついて行くなんて殆どパロディにしか思えない。
だいたい「失われた20年」とは何なのか。
とりあえず新自由主義的なモノは回答を出せなかったのだから、彼らの分析から疑ってみる必要はあるでしょう。
それにしても考えれば考えるほど、一国だけで、しかも「~であるべき」的な運動では有効ではないように思える。
左翼が準備しなければならないことは、突発的に起こる事象に絶えうるだけの柔軟な理論を鍛え、そして提供し支えること。提供するために民衆が集うスペースにいつでも馳せ参じることができるフットワークの軽さではないのか。
赤木が待てなくなった日のために。

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関連記事
「橋下徹のブリュメール18日」

ま、フットワークを軽く保つためには、党派との距離も必要なわけですわ。
ほんで赤木的な人が運動に立ち上がらんのは“熱”の問題。
赤木はんは「こんな俺をお前らどうするんや?」と答えを求めとるだけやと思う。
やっぱり主力はそういった民衆以外にあらへん。

ほな。

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